群集心理と民族精神

群衆中の個人は、単に大勢の中にいるという事実だけで
一種不可抗力なものを感ずるようになる。
そのため本能のままに任せることがある。

単独の時ならば当然それを抑えたであろうに。
その群衆に名目がなく、従って責任のないときには、
常に個人を抑制する責任観念が完全に消滅してしまうから、
一層容易に本能に負けてしまうのである。

故に人間は、群衆の一員となるという事実だけで、
文明の段階をいくつも下ってしまうのである。
一人で居るときは、おそらく教養があると思われる人が、
群衆に加わると、本能的な人間、すなわち野蛮人と化してしまう。

原始人のような自然さと激しさと兇暴さを具え、
言葉や現象に動かされ易い。

群衆中の個人とは恰も風のまにまに吹きまくられる
砂の中の一粒のようなものである。



民族精神は完全に群集心理を支配する。
民族精神は群衆の動揺を抑制する強力な基盤である。
民族精神が強ければ強いほど、
群衆の劣等な性質は弱くなる。
これが根本法則である。

群衆の状態と群衆の支配とは、
野蛮状態、又は野蛮状態への復帰を意味する。
強国に確立された精神を堅持することによって
民族は次第に群衆の無反省な力をまぬがれ、
野蛮状態から抜け出すことができるのである。


(仏)ギュスターヴ・ル・ボン 『群集心理』


心理学者

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